今、タイは1年で最も暑い季節の真っ只中!日本で夏に納涼のため怪談話をするように、こわ~い伝説の連続殺人鬼の話などいかがでしょうか?
タイでは連続殺人鬼がたびたび世間を騒がせてきました。その1人がアイアン・チェスト・キラー(鉄の箱殺人鬼)と呼ばれるブーンペンです。。。
20世紀に入って間もない1918年1月12日。バンコクの隣にあるノンタブリー県のチャオプラヤー川沿いで人々はのんびりと釣りをしていました。
「あれ何だ?」と釣り人の1人が言いました。
彼の視線の方向には川岸に流れ着いた鉄の箱がありました。
「金目の物が入っているかもしれないぞ」
釣り人たちは竿を置いて、鉄の箱に駆け寄りました。そして、周りにあった木などを使って何とか箱をこじ開けました。
中に入っていたのは若い女性の遺体でした。蚊よけの網に体が包まれ、川に静むようにレンガがそれに結わいつけられていました。死因は窒息死のようです。
所持品が何もなく正体も分からず、警察が困っていたところ、翌日、「娘が数日行方不明なんです!」と泣き叫ぶ婦人が警察署にやって来たことから遺体の身元が判明しました。
娘の名前はプリックさん。ブーンペンという名前のイケメンの男と交際していたそうです。
警察はブーンペンの調査に乗り出します。彼は自分の美貌と黒魔術を使って女性たちを誘惑、性行為に及んでは金品を巻き上げていました。
実はブーンペン、金持ちの女性と結婚をしようとしていましたが、プリックさんの妊娠が発覚、邪魔になった彼女を殺したのです。そして、鉄の箱に死体を入れ、人力車を雇って川に棄てたのです。
死体の発見後、その人力車の運転手が警察へ駆け込んだことから、ブーンペンは逮捕されました。1918年1月18日、金持ち女性との結婚式の当日です。
警察に対し、ブーンペンは前月に同じく鉄の箱に入られて川に放置されていた殺人も認めました。被害者は宝石商の女性でした。
ブーンペンが認めたのはこの2件だけですが、警察は他の5件の殺人事件にも関与したと見ていました。
1919年8月19日、ブーンペンは公開死刑のギロチン刑に処されました。この公開処刑がタイで最後の公開処刑になったそうです。
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